今月は、ご生誕百十年を迎える「開祖さま生誕会」の月です。「師を求むるにあらず 師の求むるところを求む」という「求道の心得」に倣い、開祖さまの代名詞のようにいわれる「笑顔」を通して、開祖さまのお求めになられたものを、今月の会長法話を通して学ばせて頂きたいと思います。
・「いつもニコニコしている秘訣は何か」と問われた開祖さまは「いつも裸でいるからですよ」と答えています。我の鎧兜を脱いで裸になる、つまり正直になると、気持ちが楽になります。そうなれば、どのようなときも笑顔でいられる。それが開祖さまの笑顔の理由の一つのようです。
・開祖さまの笑顔に関する記事は、「笑顔の奥に、悲しみや怒りや無念さを抑え、笑顔に昇華する修行がある」と伝えています。開祖さまにとっては「ニコニコ顔」もまた一つの精進であり、それがやがてはほんとうの笑顔に昇華されていったということでしょう。見方を変えれば、それはつらいできごとをすぐに笑顔の種に変えることができる信仰であり、そこに幸せがあることを身で示してくださったともいえます。
・笑顔には、そこにいるみんなを仲よくさせる調和の効果があると思われます。
どれほど困難な状況でも、それをニコニコとして受け入れる笑顔があると、それが和に至る第一歩になっていくように思うのです。
・宮沢賢治は、「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はありえない」と書き残しています。これは、法華経に説かれている普回向の一節「我等と衆生と皆共に仏道を成ぜん」に基づくもので、「みんなが幸せになることを念願します」ということにつながります。笑顔は、自分が幸せになる精進の一つであると同時に、みんなの幸せを願うところに生まれるものでもあります。
つらいできごとをすぐに笑顔の種に変えることができる信仰、そこに幸せがある、と教えて頂きました。それは思い通りにならないことを思い通りにしようと必死に努力するのではなく、思い通りにならないことを「×」にしないで、そのなかに有難いこと・「〇」を見いだす「仏さまの見方」を身につける努力をし、お伝えする修行だと思うのです。開祖さま生誕会の今月は、その修行に「笑顔」で取り組みながら、報恩感謝のこころで、法の布施・財の布施をしっかりさせて頂きましょう。